賃上げ促進税制は赤字法人でも使える?2024年度(令和6年度)税制改正の内容と注意点を中小企業向けに解説

賃上げ促進税制は赤字法人でも使える?2024年度(令和6年度)税制改正の内容と注意点を中小企業向けに解説

賃上げ促進税制とは、企業が給与等の額を増額した場合に受けられる法人税の優遇措置です。たびたび延長と改正が行われてきましたが、2024年度(令和6年度)税制改正で制度そのものが拡充されました。今回は、拡充の内容と注意点を中小企業向けにお伝えします。

鈴木 まゆ子

鈴木 まゆ子

税理士・税務ライター

2000年中央大学法学部法律学科卒業。㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て、2012年税理士登録。税金の正しい知識を広めるべく、WEBを中心に多数の記事執筆・税務監修を行う。分かりやすい解説に定評がある。共著「海外資産の税金のキホン」(税務経理協会、信成国際税理士法人・著)。

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賃上げ促進税制とは?趣旨や経緯を確認

賃上げ促進税制とは、企業が従業員の給与などを引き上げた際、引き上げ額の一部を法人税額や所得税額から控除できる制度です。元々の制度は2013年度(平成25年度)税制改正で創設された所得拡大促進税制でした。賃金がなかなか上がらない中、企業による雇用・給与等の支給額を拡大するための3年間の税制措置として設けられたのです。しかし創設当初「適用要件が厳しすぎる」という企業からの批判が相次ぎ、2014年度(平成26年度)、2015年度(平成27年度)での税制改正で要件が緩和されました。以後、「賃上げ・生産性向上のための税制」「人材確保等促進税制」などと名称と制度を改変し、現在の「賃上げ促進税制」に至っています。

要件の緩和と賃上げのインセンティブの強化に伴い、制度を適用する企業も増えました。財務省「租税特別措置の適用実態調査の結果に関する報告書」によれば、2013年度の段階では適用件数が1万874件、適用総額が420億円程度でしたが、2022年度に至っては適用件数が21万5294件、適用総額は5150億円程度となっています。

参照:租税特別措置の適用実態調査の結果に関する報告書|財務省

しかし、赤字企業が大半を占める中小企業では、なかなか活用が進みません。そこで、2024年度(令和6年度)税制改正では、さらに賃上げを促進して国民の所得を増大させるべく、よりインセンティブの高い制度に改変されました。

2024年度税制改正での賃上げ促進税制4つの変更点

2024年度税制改正で賃上げ促進税制はどのように強化されたのでしょうか。ポイントは次の4つです。適用期間は2024年4月1日から2027年3月31日までの間に開始される各事業年度となります。

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参照:賃上げ促進税制|経済産業省
上記を一部加工して作成

①中堅企業向け区分の追加

これまでの賃上げ促進税制は「全企業向け」と「中小企業向け」の2つしかありませんでした。全企業向けは青色申告書を提出する法人と個人事業主が対象、中小企業向けは青色申告書を提出する中小企業者等(資本金1億円以下の法人、農業組合等)と従業員1000人以下の個人事業主が対象というものです。

しかし今回の改正で新たに「中堅企業」という枠が創設されました。結果、適用要件と税額控除の割合も3つの区分に分けられました。

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参照:「賃上げ促進税制」パンフレット(暫定版)|経済産業省

中堅企業のうち、青色申告書を提出している法人で、常時雇用している従業員数が2000人以下のところを「特定法人」と言います(措法42の12の5⑤十)。ただし、ほかの法人を支配している場合、単に自社が2000人以下であるだけでなく子会社の従業員数と合計した常時雇用従業員数が1万人以下でないと特定法人に該当しません。

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参照:令和6年度法人税関係法令の改正の概要|国税庁

②税額控除割合が引き上げ

税額控除の割合が一部、引き上げになりました。注目したいのは中小企業向けの税額控除です。全雇用者の給与等の支給額が前年度比で2.5%以上増加すると、税額控除の割合が30%になります。もし、5%増加をし、さらに後述する「くるみん」「えるぼし」などの要件を満たせば、最大で45%の税額控除となります。

③女性や育児の活躍支援枠の追加

これまでは税額控除を行う企業規模が問われる程度でした。それにより、税額控除の割合などが変わりました。改正後は、子育てとの両立や女性の活躍を支援している企業として認定を受けていると、さらに税額控除率が5%プラスされます。

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参照:令和6年度法人税関係法令の改正の概要|国税庁

子育て両立枠や女性活躍支援枠で税額控除額の割合を増やすなら、厚生労働大臣の認定が必要です。「くるみん(子育てとの両立)」か「えるぼし(女性支援)」の認定が一定以上だと、企業の規模に応じて税額控除の上限が5%プラスで引き上げられます。

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参照:令和6年度法人税関係法令の改正の概要|国税庁

④繰越控除が可能に

これまでの賃上げ促進税制では、控除額は適用する事業年度の所得額から控除するのみでした。法人税額や所得税額から引ききれない金額があっても翌年以後に繰越はできなかったのです。税額が少ない企業はもちろん、赤字企業も利用することはできませんでした。

しかし今回の改正では、税額控除額の繰越が可能となりました。賃上げを実施した事業年度に控除しきれない金額があったら、翌事業年度以後5年間繰り越せるようになったのです。

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参照:「賃上げ促進税制」パンフレット(暫定版)|経済産業省

ただし、無制限に控除できるわけではありません。税額×20%が控除の上限額となっています。また控除する事業年度まで連続して青色申告書を提出していること、繰越控除限度超過額、控除を受ける金額、金額の計算についての明細書を申告書に添付することが必要です。

2024年度税制改正で期待される賃上げ促進税制の効果

今回の改正で強化された賃上げ促進税制は、経済にどんな影響を与えるのでしょうか。以下の2つが期待されます。

活用企業が少し増える

1つ目は活用企業が増えることです。これまで賃上げ促進税制の税額控除は、税額から引ききれない場合は切り捨てとなっていました。そのため、黒字が少なかったり、やや赤字に陥っていたりしている企業が将来の黒字化を見込んで人材に投資をしたくてもできない状態だったのです。しかし、今回の改正でそういった企業も賃金の引上げや従業員教育などに前向きになる可能性が出てきます。

少子化対策・女性の活躍支援

2つ目は、特定の企業での活用が増える可能性です。これまでは、職場環境による差はありませんでした。しかし今回、育児との両立や女性の活躍支援を積極的に行っている企業をより優遇する制度にしたことで、間接的に少子化に歯止めをかけたり、女性が職場で活躍する場面が増えたりするかもしれません。

注意点

今回の改正で強化された賃上げ促進税制には、次のような注意点があります。

繰越欠損金の多い企業にはハードルが高い

1つ目は「繰越欠損金が多い赤字企業には、安心して使える制度ではない」という点です。今回の改正で5年間の繰越控除が可能にはなりましたが、この繰越控除の恩恵を受けられるのは、毎年黒字が見込める企業か、あるいは赤字から黒字に転換することが確実だとみられる企業です。見方を変えると、例年赤字で累積の繰越欠損金が多い企業は活用してもメリットがないことになります。

源泉所得税や社会保険料が上がる

2つ目は公的負担が増えるという点です。給与等の額が増えれば、当然社会保険料と所得税、住民税も増えます。従業員の中には「昇給したとはいうけれど、手取りが変わらないか、むしろ減った感じがする」などと疑問を持つ人も出てくるかもしれません。

資金繰りに注意

3つ目は、資金繰りに注意という点です。賃上げ税制を活用するということは、従業員の給与や賞与を引き上げるということです。いったん引き上げた給与や賞与は、後々企業の業績が悪化しても簡単に下げることができません。つまり、一度上げた給与や賞与は、そのまま高い固定費として毎年企業が負担するということになります。

昨今は円安や物価高で、企業の利益が圧迫されがちです。値上げをしづらい中、コスト削減に頭を悩ませる企業が多いかと思われます。まずは賃上げをした後の高い固定費に自社が耐えられるかどうか、試算をしたほうがいいでしょう。

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